エッセイ

Vol.41 絶滅恐竜フィギュアを偲んで

前回、絶滅が確認された(?)「大英自然史博物館British Museum(Natural History)恐竜シリーズ」は、我々の世代の恐竜マニアにとってはとても馴染み深く愛着がある恐竜模型です。80年代初めに日本に輸入されて以来10数年間というもの、そのクオリティー、コストパフォーマンスにおいて右に出る恐竜模型は無く、博物館やイベントの土産物コーナーに溢れていました。当たり前の様に存在していた為、私などは店頭に並ぶその数が減少していった事にも、不覚にも気付かない有様でした。
精巧、頑丈、安価(日本で200円〜2500円!)の三拍子揃った今は無き(と言っても日本ではまだまだ手に入ります)名シリーズを振り返ってみたいと思います。
私が初めてこの恐竜たちの存在を知ったのは模型雑誌「ホビージャパン」’77年12月号の特集「ロストワールド・太古の世界」——私の知る限り模型誌初の恐竜特集——で、発売されたばかりのエアフィックス社の恐竜プラモデル、希少になりつつあったオーロラ社のプレヒストリックシーンズ(秘宝館Vol.10)と共に紹介されていました。曰く[これはイギリスの王立自然博物館(?)内で発売されているモデルで、オモチャなどではなく立派な1/48(*アメリカのコレクター本では1/45、日本では1/40とされる事が多い)の純スケールモデルである〜博物館製の名に恥じずすばらしいモデルである。残念な事に国内販売はもとよりイギリスでも博物館内にてしか売っていない…]。これはもうひたすら憧れるしかありません。’80年にニューヨーク自然史で見つけ、まとめ買いをして泣きを見た(秘宝館Vol.20)のも無理からぬ事。その後ジオラマに使ったり(秘宝館Vol.15)時折発表される意表をつく新作——ちゃんとその時代を反映したプロポーションになっている——に喜ばされたりしながら、とにかく長い付き合いでしたが、’93年に最後の2種が出て以来、半ば忘れ去られた存在になっていました。絶滅と言う事で改めてじっくりと眺めると、これがまた実に味わいがある良い出来です。 年代を追って紹介しましょう。

写真1
1974年:メガロサウルス・ディプロドクス
*ディプロの首が何とも優雅です。


写真2
1975年:スケリドサウルス・ステゴサウルス・トリケラトプス・グリプトドン・マンモス
*メガロサウルス、スケリドサウルスは大英自然史の歴史的恐竜。


写真3
1977年:ティラノサウルス
*尻尾を引きずっても格好良い!
1978年:プレシオサウルス・プテラノドン
1980年:イグアノドン
*何気なく前傾姿勢をしている。


写真4
1984年:ブラキオサウルス
1985年:ケティオサウルス
1987年:アパトサウルス
1988年:マメンチサウルス
*シリーズ全21種のうち実に5種が竜脚類!ケティオサウルスの模型はおそらく世界唯一。87年の時点で細顔でアパトサウルスを名乗っているのは、他に海洋堂荒木作品(vsケラトサウルス)くらい。マメンチのキリン姿勢は当時のトレンドです。


写真5
1986年:イクチオサウルス
1988年:リオプレウロドン
*これまたご当地物。  


写真6
1988年:ステノニコサウルス(トロオドン)
これだけは1/10位のサイズ。量産フィギュアではおそらく世界初の完全2脚歩行姿勢に加えて、今に至っても多分唯一のトロオドンのモデル(ドロマエオサウルス類は多いですが)という希少さ。ちゃんと両眼視もしている優れ物です。


写真7
1989年:バリオニクス・ムッタブラサウルス
*バリオニクスは記載されて間もない大英自然史所蔵の恐竜。ムッタブラも英連邦(オーストラリア)産。


このまま消え去らせるには余りにも惜しいシリーズ。どこかのメーカーが金型を受け継いで販売してくれないものでしょうか。

田村博氏

田村 博 Hiroshi Tamura

ジャズピアニスト。1953年1月27日生まれ。
恐竜倶楽部草創期からのメンバー。恐竜グッズ収集家として知られる。東京、横浜のライブハウスを中心に活動中。
1996年に、ベースの金井英人のグループの一員としてネパールでコンサートを行った。「開運なんでも鑑定団」などテレビ番組や雑誌に度々登場。「婦人公論」2002年7/22号で糸井重里氏連載の「井戸端会議」で国立科学博物館研究室長・富田幸光氏と対談。千葉県市川市のタウン誌「月刊いちかわ」に、恐竜に関するエッセイを半年間連載。1998年の夏には群馬県と福島県の博物館の特別展にコレクションを提供。2000年夏には福井県「恐竜エキスポふくい2000」にコレクションを提供、サックス奏者、本多俊之とのデュオで、恐竜をテーマにしたコンサートを行った。

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