エッセイ

Vol.21 海外恐竜グッズ買いあさりの旅 その2

〜その2:恐竜学最前線北米ツアー(1)〜

1992年から96年にかけて、学研から発行された日本初の恐竜専門誌「恐竜学最前線」は、恐竜の最新情報に飢えていた我々恐竜ファンにとっては正にバイブルのような存在でした。編集長の井上正昭さんは残念なことに2002年6月に、志半ばにして(「最前線」を継承した「ディノプレス」を刊行中)に病に倒れ逝去されましたが、これらの雑誌が日本の恐竜界、特にこれからの恐竜研究を担う若い研究者に与えた影響は絶大な物があります。
私事ですが(と断るまでも無く、このコーナーは全て私事ですが)、井上編集長は我が恐竜部屋にいらした事があります。最前線11号に私の紹介記事が載る事になりその取材でした。窓に貼ってある、井上さんが関わった幕張の大恐竜博('90)のステッカーを見つけ、私が「決死の思いをして電車のドアに貼ってあるのを盗んだ」と白状すると、「あっぱれ!」と嬉しそうに褒めてくれました。いい思い出です。お土産に幻の「学研・6年の科学・88年5月号付録のブラキオサウルス骨格模型」を頂きました。もったいなくて組み立てられません(右写真)。

さて本題です。私は1995年の夏のおわり、「最前線」が募集した第2回「恐竜学最前線スタッフと行く北米大陸、恐竜の故郷を訪ねて」ツアーに参加しました。10日間でアルバータ、コロラド、サウスダコタ、ユタの恐竜スポットのみ(観光一切無し)を巡る、お腹いっぱいの旅でした。ツアーの様子は最前線13号に詳しいので、お持ちで無い方は古本屋やネットで探してみて下さい。ここでは私がいかに恐竜グッズを買いあさったかを報告したいと思います。

最初の訪問地はカナダ、アルバータ州のドラムヘラー。言うまでも無く「ロイヤル・ティレル博物館」と周辺の発掘サイト見学が目的です。着いたのは夕方でしたが、夕食後、早速化石屋の場所を聞いて行ってみました。バーナム・ブラウンが筏を浮かべたあのレッドディア川(右写真)を渡った所にその店はありました(下の写真左)。いい感じの店で、恐竜物も化石をはじめいろいろありました。欲しい物もあったのですが(例えば写真のトリケラの角等)値段、大きさ共、初日に買えるような代物ではなく、かろうじて我慢しました。しかし折角の我慢も束の間、翌日のティレルのミュージアムショップで、いかにも壊れやすそうなフィギュアや、重いだけで稚拙この上ない出来の始祖鳥アイヒシュテット標本の石膏レプ等をつい買い込んでしまったのでした(下の写真右)。つづく。

田村博氏

田村 博 Hiroshi Tamura

ジャズピアニスト。1953年1月27日生まれ。
恐竜倶楽部草創期からのメンバー。恐竜グッズ収集家として知られる。東京、横浜のライブハウスを中心に活動中。
1996年に、ベースの金井英人のグループの一員としてネパールでコンサートを行った。「開運なんでも鑑定団」などテレビ番組や雑誌に度々登場。「婦人公論」2002年7/22号で糸井重里氏連載の「井戸端会議」で国立科学博物館研究室長・富田幸光氏と対談。千葉県市川市のタウン誌「月刊いちかわ」に、恐竜に関するエッセイを半年間連載。1998年の夏には群馬県と福島県の博物館の特別展にコレクションを提供。2000年夏には福井県「恐竜エキスポふくい2000」にコレクションを提供、サックス奏者、本多俊之とのデュオで、恐竜をテーマにしたコンサートを行った。

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