新恐竜秘宝館

Vol.51 藝術の秋の恐竜アート展巡り 2019.12.4

夏の恐竜嵐が去ってほっとひと息ついたのもつかの間、どういうわけか今年は秋風とともにアートな恐竜たちがやってきて、まったく油断も隙もあったもんじゃない財布が軽くなる一方だ…などとぼやきながらも足取りは軽く3つの恐竜アート展に行ってきました。

まずはもう何回目かになる新聞紙恐竜作家・杉崎良子さんの作品展「恐竜のデザイン」。今回は代官山の「蔦屋書店」で開催されました。

「蔦屋書店」は代官山に店を構えるだけあって、とびきりお洒落な本屋さんで、広くゆったりした店内に、和書洋書が混在したジャンル別の落ち着いた部屋(外国の古い本屋をイメージ?)があったり、カフェがあったりアンティークなグッズコーナーがあったりと、午後をのんびりと本を見ながら優雅に過ごすには良さそうな所ですが、そういう雰囲気に慣れていない私などはちょっとドキドキしてしまいます。新聞紙恐竜は生物や地学関係の本を集めた部屋で恐竜の本に囲まれて展示されていました。

n_hihoukan_no1.png n_hihoukan_51_1.jpg 新聞紙恐竜との出会いは4年ほど前、西荻窪のとある小さなギャラリーでした。その羽毛表現や爪、歯等のあまりの繊細さに、私はたちまちエイリアン化…喉から手が出るも、風切羽が見事な始祖鳥はさすがに高価で手も口吻も出ず、何とか懐と相談してお迎えできたのが小品のプテロダウストロでした(画像1)。しかし小品といえども、その特徴的な下顎のブラシ状の歯はなんと一本一本植えられているのです。

*この辺りの文章は最近読んだバード川上著「鳥の骨格標本図鑑」(文一総合出版)に多大な影響を受けています。同じような骨格標本写真(特にスズメ目35連発など)がズラリ並んでいるだけなのに、川上氏得意の花巻さん的小ネタが冴えわたり、骨格の微妙な違いが楽しみながら学習できます。ただ悔しい事に小ネタの半分位しか判らなかったので後で調べようと思ったら、巻末の用語解説に、「古口蓋類」や「分鼻孔型」とかと並んで「カル・エル=スーパーマンの本名」「技の1号、力の2号=仮面ライダー1号と2号のキャッチコピー」等と懇切丁寧に説明されていました。おススメの一冊です。

というわけで、すっかり新聞紙恐竜のファンになった私は、もう一匹欲しくて仕方無かったのですが、お手頃値段で気に入った作品があったのに良く良く見たら売約済みだったりとかで、なかなか願いは叶いませんでした。今回は満を持して開催2日目に行ったおかげで新作をゲットできました。
n_hihoukan_no2.png n_hihoukan_51_2.jpg スコミムスの頭部です。歯の表現が凄い。いかにも魚食です。作品のタイトルは「時刻表」。時刻表の細かな印字がいい感じにウロコ模様に見えます。同じシリーズの羽毛ティラノとトリケラの頭部はDM絵葉書になっています。(画像2)

n_hihoukan_no3.png n_hihoukan_51_3.jpg 次に行ったのは写真家・山下晃伸さんの写真展「夜光性静物観察記―星空に吠える恐竜たち―」です。全国各地の公園などに置かれた恐竜像の夜の姿を、夜光写真という技法で撮った、それは不思議な、夢の中の様な写真が展示されていました。幸いにも?写真の販売はしていなかったので、ミニフォトブック2冊の出費ですみました。(画像3)
*全国の公園などにいる恐竜については、「恐竜おもちゃの博物館」の館長さんが編集(恐竜倶楽部も調査に協力)した冊子があります。(新秘宝館Vol.26)

最後は渋谷で開催された「日本画恐竜展」です。
芸大の日本画専攻の卒業生、在校生による恐竜テーマのグループ展。日本画と恐竜…いったいどんなになるのやら興味深々で行ったのですが、これが実にマッチしていました。画材の岩絵具の質感が、恐竜の皮膚や化石の表現にぴったり。特に化石はまるで化石そのものでした。なにしろ原料が「岩」ですから。
n_hihoukan_no4.png n_hihoukan_51_4.jpg どの作品も個性的で素晴らしかったのですが、どうも性分でついリアルなものに眼がいってしまいます。で、思いきりリアルでお手頃価格だった、白倉正樹さんの「化石図」を購入しました。(画像4)
遼寧省産と言われたら本気にしてしまいそうなくらい、美しく化石化しています。

秋のアートツアーはこれで終わりですが、もうひとつアートな話題を。
この秋、古生物復元画の大御所、藤井康文さんの「恐竜画集」が出版されました。
藤井さんは80年代から活躍されている方で、恐竜ファンなら誰しも、図鑑やニュートンなどで藤井さんの恐竜と出会っているはず。ゴジラ立ち恐竜から羽毛恐竜までの恐竜復元の歴史を手描きで描き続けているまぎれもない“巨匠”です。主役の古生物は勿論、木の一本葉の一枚までも丁寧に描かれ、時には詩情さえ漂ってくる背景が素敵です。ぜひ手にとってCGとはまた違う手描きの凄さを味わって下さい。

n_hihoukan_no5.png n_hihoukan_51_5.jpg 嬉しい事に藤井さんは数年前、恐竜倶楽部に入会されました。そのおかげで、ひょんなことから藤井さんの原画の1枚が、なんと我家の壁に飾られています。「恐竜画集」にも収録されている「プテラノドン」。これは故・金子隆一さんの著書「翼竜の謎」(二見書房1995)の表紙になっています(本では左右逆に印刷されています)。我家の家宝です。(画像5)

もうひとつ藤井さん仕事を紹介しましょう。藤井さんの作品は我家のコレクション本にもたくさん掲載されていますが、あえて初期のこの作品を選びました(レア物自慢心バレバレです…)。
n_hihoukan_no6.png n_hihoukan_51_6.jpg 少年科学雑誌「コペル21」(新・秘宝館Vol.46をご覧ください)1989年6月号の付録「恐竜時代年表」です。(画像6)

1/60スケールで描かれた、正にルネッサンス過渡期の恐竜のイラストが時代順に並んでいます。白亜紀には、ティラノ、パラサウロロフス等はゴジラ立ちですが、水平姿勢のデイノニクス、ステノニコサウルス、バリオニクスもいます。古い姿勢ですがサルタサウルスも登場。裏面には三畳紀・ジュラ紀の恐竜が描かれ、巨大なウルトラサウルス(今では無効名ですが当時は超巨大ブラキオサウルスでした。新宿駅南口にあった広場や横浜博覧会で実物大の模型が飾られ話題になりました。)と並んで、ディプロドクス顔をしたアパトサウルスの姿が…

後半の話題は、アパトサウルスとブロントサウルスに微妙な関係についてです。

夏に出版された本「恐竜の世界史」(みすず書房)を、秋になってようやく読みました。著者のスティーブ・ブルサッテは第一線の恐竜学者にして筆も立ち、自身の新種の発見秘話や古生物学者仲間との愉快なエピソード、さらに恐竜ルネッサンスから現在に至るまでの恐竜学の進歩も説明しつつ、恐竜の発展と絶滅をテンポ良く語るというとても面白い内容で、一気に読めました。しかしびっくりする事が…。

ブロントサウルスの名がしきりと出てくるのです。アパトサウルスはその他の竜脚類の一種として僅かに触れられただけ。勿論ここ数年の、ブロントサウルスをアパトサウルスのシノニム(異名)から独立させ別属とする「ブロントサウルス復権」運動が起こっているのは知っていましたし、子供の頃慣れ親しんだ名前の復活に期待していたのですが、まだ決定したわけではないと思っていました。しかしブルサッテさんはそんな事は一切説明せず既成事実としてブロントサウルスの名を連呼、これは復活推進派の意地だなこれは訳者あとがきでひと言有るだろうと思ったら軽くスルーされ、さらに追い打ちをかけるように、東大出版会の雑誌「UP」に本書の書評を書いた科学史家の泊次郎さんも「恐竜のDNAについての言及が全くない」と細かい所に不満をのべているのにブロントサウルスは気にならないらしく、言及が待ったくない…。

これはもしかしたら私が惰眠をむさぼっている間に世の中の常識は既にブロントサウルスになっていたのかと、慌てて、バジャダサウルスやハルシュカラプトルも載っている最新の学習図鑑「講談社の動く図鑑・MOVE mini恐竜」をめくった所、アパトサウルスを見つけて一安心。ちなみに今年の2月に出たかなり上級者向けの「恐竜の教科書」(創元社)ではアパトサウルスとブロントサウルスが併記されていますが、アパトの方が先でなにか結論を避けている感じです。

アパトサウルスがフィギュアや書籍上でブロントサウルスにとってかわったのは1980年代の事です。実際には20世紀初頭からアパトサウルスはブロントサウルスに代わる正式学名だったそうですがwikipedia

雷竜の名のインパクトは絶大で、アパトサウルスの名は一般には浸透しなかったようです。浸透し始めたのは70年代。80年代前半の本では両者入り乱れていて、例えばルネッサンスを大幅に取り入れ羽毛恐竜までも登場させた1982年刊の先鋭的な「恐竜たち―古い竜についての新しい考え」(J.C.マクローリン著 岩波書店)や同じ年のヒサクニヒコさんの「恐竜はどうくらしていたか?」(あかね書房)ではブロントサウルス表記ですが、前年81年のデービッド・ランバート著「恐竜」(評論社)では「ブロントサウルスともよばれていたアパトサウルス」となっています。
*もっと詳しくチェックしたかったのですが、80年代の本は大半が群馬自然史に引っ越していて調べようもありません。残念!

一方フィギュアにおいてはそのバトンタッチを示す格好の例があります。
n_hihoukan_no7.png n_hihoukan_51_7.jpg 海洋堂のガレージキットです。写真(画像7)はおそらく1984年に発売された、荒木一成さん原型の1/35ブロントサウルスです。巨大でずっしりしたレジンキット。そしてその2年後86年の海洋堂刊の雑誌「アートプラ第参号」にはやはり荒木さんのアパトサウルスVSケラトサウルス(秘宝館Vol.62)の写真が前述のブロントサウルスと並べられ、それぞれ説明が付いています。
「ここに掲げた写真は、ブロントサウルスとして長く知られてきた“丸顔”であるが、この顔の根拠となった化石は、他の恐竜のものであることが最近判っている。」「実際のブロントサウルスことアパトサウルスはこのような顔だったと考えられている。」

この84~86年の2年間の間に、ニューヨーク自然史のアパトサウルスの頭骨がカマラサウルスからディプロドクス型に取り換えられたのでしょうか?

*ちなみに荒木ブロントは後にソフビキット化され、その時はディプロ顔のパーツも付いていて、ブロントとアパトのリバーシブルになっていました。我家にも有るのですが、情けない事に、作らないまま押入れの奥に埋もれて探し出せません。

もっとも、律儀にカマラ顔をしたブロントサウルスフィギュアは数えるほど。「ITC」「PALMAR」(秘宝館Vol.56)「学研」(秘宝館Vol.60)の骨格モデルはさすがにそれらしい顔をしていますが、星の数ほどもあるフィギュア・オモチャの類で、すぐ挙げられるのは「Alva」(秘宝館Vol.55)「SINCLAIR」(秘宝館Vol.35)「MARX」(秘宝館Vol.5) 
位で、殆どは「何となく恐竜」な顔をしています。
n_hihoukan_no8.png n_hihoukan_51_8.jpg 今回、この機会を逃したら一生作らないだろうと思って勢いで作った「エアフィックス」(秘宝館Vol.58)と「バンダイ」(秘宝館Vol.59新秘宝館Vol.8新秘宝館Vol.38)のプラモデルもこのとおりです。(画像8)

90年代以降、ブロントサウルスは徐々に姿を消しアパトサウルスにとってかわるのですが、雷のインパクトを失ったのに加え、はるかに巨大なティタノサウルス類など新顔が登場した事もあり、かっての威光は消えてしまいました。昔の図鑑では竜脚類と言えばブロントサウルス、ディプロドクス、ブラキオサウルスが必ずそろい踏みしたものですが、近年の高度化した図鑑では、アパトサウルスはディプロドクス科の一員といった程度の軽い扱われ方が多いようです。

たとえブロントサウルスの名が復活しても、いまさら図鑑の扱いは変わらないでしょうが、我々シニア恐竜マニアにとってはお涙物です。しかしアパトが正しいと学んだ平成世代の方や、ブロントサウルスなど耳にしたこともない羽毛恐竜で育った子どもたちにこの想いは伝わるべくもないし、彼らにとっては迷惑この上ない話でしょうね。
n_hihoukan_no9.png n_hihoukan_51_9.jpg 最後にルナモデルの恐竜名画立体化シリーズ(秘宝館Vol.18新秘宝館Vol.49)のひとつで、有名なピーボディ自然史博物館の壁画、ザリンガーの「爬虫類の時代」からのブロントサウルスと、新し物好きのコレクタ社から発売された新生ブロントサウルス。そしてブロントサウルスとステゴサウルスのツリーオーナメントをご覧ください。(画像9)
メリー・クリスマス!

田村博氏

田村 博 Hiroshi Tamura

ジャズピアニスト。1953年1月27日生まれ。
恐竜倶楽部草創期からのメンバー。恐竜グッズ収集家として知られる。東京、横浜のライブハウスを中心に活動中。
1996年に、ベースの金井英人のグループの一員としてネパールでコンサートを行った。「開運なんでも鑑定団」などテレビ番組や雑誌に度々登場。「婦人公論」2002年7/22号で糸井重里氏連載の「井戸端会議」で国立科学博物館研究室長・富田幸光氏と対談。千葉県市川市のタウン誌「月刊いちかわ」に、恐竜に関するエッセイを半年間連載。1998年の夏には群馬県と福島県の博物館の特別展にコレクションを提供。2000年夏には福井県「恐竜エキスポふくい2000」にコレクションを提供、サックス奏者、本多俊之とのデュオで、恐竜をテーマにしたコンサートを行った。

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