新恐竜秘宝館

Vol.10 私の恐竜半生記1『全ては布団の中のブリアンの画集から始まった!?』の巻

私事ですが、この1月でとうとう還暦を迎えてしまいました。恐竜との付き合いも半世紀を優に越えて、あと何年付き合えるかわかりませんが、そろそろ懸案のコレクションの目録作りにとりかかって来るべきその日に備えようか…と思いつつもついついネットオークションのチェックに走ってしまうという、相変わらずの日々を送っているのですが。

人生の節目を迎えたこの機会に、今回と次回、2回にわたって、私の恐竜人生を振り返ってみたいと思います。恐竜との馴れそめや、70年代の恐竜熱再燃の話にお付き合いください。

まずはこちらの証拠写真から。写真 1
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恐竜の前で得意げにしているのは7歳の私です。昭和35年(1960)、場所は上野の国立科学博物館。この頃にはもう立派な恐竜少年でした。(写真のやたらかっこいいティラノは実は3本指。1973年にタルボサウルス骨格が常設展示された際に姿を消した様です。おそらくタルボサウルスによって中央ホールを追われたアロサウルス骨格に、取って代わられたのでしょう。ステゴサウルスは科博が2007年にリニューアルされるまで展示されていました。)

当時愛読していた恐竜本が今でも何冊か残っています。

「科学クラブ」特集《地球・生物の進化・人類の発達》1956年7月号
表紙写真 2と白亜紀の情景写真 3
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「科学クラブ」特集《大むかしの生物》1958年10月
写真 4
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「科学大観」《両生類と爬虫類》1960年5月号
写真 5
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「ゴビ砂漠にねむる恐竜」1963年
写真 6
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そしてこの頃読んだ本の中で最も印象深かったのが、病気で学校を休んだ時、陽だまりの布団の中でぬくぬくしながらページをめくった(このくだりは多分にイメージですが)「原色 前世紀の生物」1962年です。写真 7
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中学の教師だった父親が学校の図書室から借りてきてくれたものですが、チェコの古生物画家ズデニェック・ブリアンの絵は衝撃的で、実はこの本との出会いこそが今に繋がっているのかもしれません。後に恐竜コレクターになってから、どうしてもこの本が欲しくて古本屋を巡り、何年かかけてようやく見つけた時は涙が出そうでした。
こちらでこの本のブリアンの作品を本と同じ順番で見ることが出来ます。
http://dinopedia.ru/img/artists/Z.Burian-only-Paleo-Art/

この時期に集めた科博土産の恐竜人形や、新宿東口にあった玩具屋「かなめ屋」で買ってもらった恐竜ミニチュアについては「恐竜秘宝館Vol.1」をご覧ください。

1964年に横浜、戸塚区に「横浜ドリームランド」なるテーマパークが出現しました。ディズニーランドがオープンする20年も前です。
太古の世界を船で巡る「冒険の国」というアトラクション(TDLのジャングルクルーズと同様)が有ると聞き。勇んで連れて行ってもらった時の写真がこれ。写真 8
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改めて写真を見ると、現在でも充分通用しそうなほど良く出来ていますね。その後何回か行ったのですが、残念ながら1970年に廃止になってしまいました。ドリームランド自体も今は無く、記憶も薄れる一方で、どのような所だったかも定かでは無くなっていたのですが、さすがは現代のネット社会、こんな凄いページがありました。
「ドリームランド・メモリーズ」
この中の「思い出のドリームランド」→「ドリームランド記念アルバム・夢の国に様こそ」の中に「冒険の国」のカラー写真があります。

さて気になる(?)ドリームランド土産恐竜グッズですが、アメリカのMarx社のミニチュア恐竜(恐竜秘宝館Vol.5)のコピー(当時のコピー製品の殆どは香港製で、日本製のコピーはある意味貴重)を売っていました。私のは紛失してしまったのですが、恐竜倶楽部仲間の折り紙師、高井弘明さん所蔵の物の写真をお借りしました。写真 9
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その後、思春期を迎えた私は人並みに女の子に関心が移り、いっとき恐竜から離れていました。子供の時に集めた恐竜人形も、まとめて親戚の子供にあげてしまいました。(コレクターになってから、大人気なくも取り返したのですが、だいぶ無くなっていました。あのドリームランド土産も…)

はたちになった私は、一冊の本によって、眠っていた恐竜心をくすぐられました。小畠郁生著「恐竜博物館」(1973)。新書版ながら当時としては画期的な、大人向けの恐竜・古生物図鑑でした。写真 10
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これをきっかけに、私は再び恐竜本を読むようになりました。例えば
「恐竜の時代」クルテン著、小畠郁生訳(1971)
写真 11
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「恐竜―その発生と絶滅」スウィントン著、小畠郁生訳(1972)
写真 12
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「幻の古生物99の謎」小畠郁生(1976)
写真 13
hihoukan_10-13.png 小畠郁生

昭和の恐竜本界において、小畠先生の存在は圧倒的でした。私が作っている「日本の恐竜本リスト」で検索した限りでは、小畠先生が著作・翻訳・監修した恐竜本は現在まで343冊。恐竜本全体で3800冊ほどなので、その1割弱は手掛けている事になり、驚異的です。そんな小畠先生ですが、20年ほど前に恐竜倶楽部の集会で講演をお願いしたことがあり、その時に、パキケファロサウルスの事を「パキちゃん」と呼び、大物古生物学者のまさかの発言に、一同瞬時に和んだというエピソードがあり倶楽部で語り継がれています。今は一線を退かれているようですが、気さくな感じの良い方でした。

「恐竜博物館」で私が恐竜復帰した1973年に、科博とそれに続いて宝塚ファミリーランドで「ソビエトの恐竜展」が開催され、タルボサウルスがやってきます。日本初の本格的な恐竜展で「アサヒグラフ」写真 14や科博の機関紙写真 15でも特集が組まれ、それなりに盛り上がったとは思うのですが、見た記憶が無いのは、行かなかったのか、それとも78年の恐竜展とごっちゃになっているのか…。1978年の「大恐竜展」は私の記憶に鮮明に残る最初の恐竜展です。こちらもソ連科学アカデミーコレクションと銘打って、73年の拡大版といった内容ですが、その話は次回『1976年に大恐竜時代で温血説にふれ本格的に恐竜にはまる』の巻で。
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ところで73年の「ソビエトの恐竜展」のガイドブックですが、科博版写真 16と宝塚版写真 17では、同じ展示会なのに全く違う編集の本になっています。謎です。
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田村博氏

田村 博 Hiroshi Tamura

ジャズピアニスト。1953年1月27日生まれ。
恐竜倶楽部草創期からのメンバー。恐竜グッズ収集家として知られる。東京、横浜のライブハウスを中心に活動中。
1996年に、ベースの金井英人のグループの一員としてネパールでコンサートを行った。「開運なんでも鑑定団」などテレビ番組や雑誌に度々登場。「婦人公論」2002年7/22号で糸井重里氏連載の「井戸端会議」で国立科学博物館研究室長・富田幸光氏と対談。千葉県市川市のタウン誌「月刊いちかわ」に、恐竜に関するエッセイを半年間連載。1998年の夏には群馬県と福島県の博物館の特別展にコレクションを提供。2000年夏には福井県「恐竜エキスポふくい2000」にコレクションを提供、サックス奏者、本多俊之とのデュオで、恐竜をテーマにしたコンサートを行った。

田村 博氏のオフィシャルサイトはこちら

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